48号 おわりの挨拶
The A'-Team
お楽しみいただけましたでしょうか。
それではまた、冬にお会いしましょう。
【おしまい】
「……そう言えば、イカには神経ないんだっけ。」
包丁を持つ手を止めて、フェイスマンがふと呟いた。
「だから何だってんでい。神経のあるなしで食いモン区別すんのか、てめェは。」
そう言うコングは、フェイスマンの脇でイカの外套膜をぶっちぶっちと引き抜いている。
「うん、そういうわけじゃないんだけどね。そもそもこのイカ、冷凍(解凍)だし、イカリングにフレッシュさは要求されないし。……けど、ほら、あそこ。」
と、フェイスマンの指差す先には。
「痛え、痛え、やめろよ〜!」
イカの着ぐるみを着たマードックが、周囲の子供たちに攻撃されている。鮮度のいいイカという設定のキャラクターなので、着ぐるみは透明。中の人、スケスケ。イカの中身のマードックは、トランクスのみという軽装。暑いから。そりゃあ攻撃したくもならあな。しかも、攻撃されると、その部分だけ茶色くなるリアル仕様です。
「ちょ、ちょっと、エンペラ引っ張んなよ!」
エンペラを引っ張られたイカは、体を屈めて、身をぐねぐねさせた。
「あのイカは神経あるみたいだね。」
「ありゃ何でできてんだ? 随分リアルなイカだが。」
コングが、そう問いつつ、固いところを引き抜き終わった最後のイカをボウルに放り込んだ。
「最新(当時)の機能性プラスチックだとか何とか言ってた気がする。」
着ぐるみを気にしながらも、喋りながらも、フェイスマンは着々とイカをリングにしていっている。さらに、脚と内臓も分けてバケツに放り込んでいっている。
「俺ァ、プラスチックって奴がどうも好きになれねえんだが、ありゃ見事なもんだな。ところで、予定だと、ハンニバルもイカになってるはずじゃねえのか? 姿が見えねえが。」
フェイスマンは頭の中で、ハンニバルの姿とイカの着ぐるみを重ねてみた。シルエットに無理がある。かなり。とても。
「……コング、やること終わったんだよね? ちょっと代わって。様子見に行ってくる。」
フェイスマンは包丁をコングに渡すと、本部のテントに向かっていった。
「おう。」
コングはフェイスマンを見送ると、イカの内臓を真っ二つに切って、次々とイカリングの山に放り投げていった。
一方、人混みの喧騒を抜けて本部のテントに辿り着いたフェイスマン。しかし、そこにハンニバルの姿はない。
「ハンニバル、どこ行っちゃったんだろう? どっかでサボって冷たいビールでも飲んでるんじゃないの?」
本部テントの脇に、四方をブルーシートで囲ったテントがあった。ブルーシートの端を捲って中を覗いてみると、そこにはすっごく案の定な姿のハンニバルがいた。即ち、頭から腰の辺りまでぴっちりとイカの着ぐるみに包まれて、にっちもさっちも行かない姿のハンニバルが。幸い、何とか呼吸はできているようだ。
「ハンニバル!」
フェイスマンが慌てて駆け寄る。
「……やぁ、フェイスかい? ちょっと……葉巻を1本……銜えさせてくれないかな……。」
「あ、ダメだ、これ今わの際だわ。」
フェイスマンはくるりと踵を返すと、ブルーシートの囲いを出た。近くの水道からホースを引っ張り、蛇口を全開にし、ブルーシートの中に引き込む。そして、イカに嵌ったままのハンニバルの頭から、じゃあじゃあと水をかけた。熱中症対策である。だがしかし、イカに阻まれ、ハンニバル本体はなかなか冷えない。かと言って、イカの中に水を入れたら、ハンニバルが溺死する。
「ああもう!」
水出っ放しのホースを投げ捨て、フェイスマンはイカの下端に手をかけ、力一杯持ち上げた。着ぐるみはハンニバルにぴったりとくっついており、びくともしない。
「……俺1人じゃ無理か。ちょっと待ってて、コングたち呼んでくるから。」
フェイスマンは、そう言うと、弱々しく頷くハンニバルを置いて、イカンリング作成中のコングとイカ男の元へと向かった。
「大変大変!」
必死の形相で叫びながら駆け寄ってくるフェイスマンを見て、コングは包丁を投げ捨ててフェイスマンに合流した。自分の方に駆け寄ってくるフェイスマンとコングを見つけたイカ男は、渾身の思いでぐねぐねして、まとわりついた子供たちを振り払った。
ハンニバルのいるテントに集合する部下3名。既にハンニバルは、ごく浅い池のようになった地面に倒れ込んでいた。(水、出しっ放しだったから。)
「ハンニバル! どうしたんでい。」
駆け寄るコングに、何とか意識を保っていたハンニバルが、やあ、と手を上げた。実際には、腕はぴっちりと体の脇についたままイカに嵌っているので、動いたのは指先だけであったが。
「いやあ、見事に嵌ったもんだね。」
と、マードック感心。
「俺1人じゃ抜けないからさ、一緒に引っ張ってよ。」
「よし。」
「オッケー。」
半身水に浸かったハンニバルを、水溜まりから引き摺り出す3人。そして、タイトすぎるイカスーツに手をかけて、せーの、で引っ張る。
と言っても、イカによって拘束されているマードックはただ見守るのみ。実際に引っ張ったのはコング(ハンニバルの脚を持って)とフェイスマン(イカのエンペラを持って)。
引っ張ったら、スポーンと抜けた。先刻フェイスマンがイカスーツを持ち上げた時とは比較にならないほどにあっさりと。内部が水で濡れて摩擦が減ったのが勝因。
スポーンと抜けた結果、コングは尻餅をつき、テントの支柱にぶつかった。フェイスマンはイカスーツを持ったまま転げて、ブルーシートに倒れ込んだ。「抜けた!」と思った4人の上に、どさっと落ちてくるテント。
「……いや、助かった。済まんな。サイズはぴったりだと思ったんだが、この暑さで、プラスチックが縮んでしまったらしい。」
と、テントの下から颯爽と立ち上がった泥だらけのハンニバル(デカパン一丁)。いや、暑さで伸びはすれども、縮まないだろ、と心の中で突っ込みつつ、部下3人もテントの下から這い出てきた。
「じゃ大佐、今度は下半身から着てみなよ。」
と、マードック in イカ with 泥。
「まだ着せんのかよ!」
と、コング。
「だってよ、イカ祭のご神体は、ツガイの2体のイカなんだし? 俺1人じゃ成立しねえっしょ。」
「とはいえ、このスーツは、あたしには入らん。そうだ、フェイス、お前なら、あたしよりは多少スリムだから、適任だろう。」
「え、俺!?」
慌てるフェイスマン。
「そうだな、確かにハンニバルよりゃあサイズ感が合うぜ。じゃ、2杯目のイカはフェイスな。」
「賛成。」
というわけで、フェイスマンもイカと相成ることになりました。
黙々とイカを揚げるコング、子供たちにビタビタと叩かれるイカ姿のフェイスマンとマードック、3人の姿を葉巻片手に眺めてご満悦のハンニバル。
「さて、次回のAチームは。」
カメラの方から差し出された紙を受け取る。
「『発汗ボディスーツでダイエット』、『内臓入りイカリングに悲喜こもごも』、『大炎上、真夏のイカフェスティバル』の3本だ。来週も見てくんさいな。」
ハンニバルが笑顔でカメラ目線を決めると、背後で揚げ油が大爆発した。
追記;似たようなのいた!
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