皆さまこんにちは。助産師の猪俣理恵です。
本来は、ここに来て話をさせていただきたかったのですが、一身上の都合により出席できなくなってしまいましたので、ナレーションでお伝えしたいと思います。
私は2005年から1年間、英国のスコットランドに留学して、そこで緊急時の母体搬送に関する研究を行ってきました。そもそも、この研究を行った理由は、日本では、お母さんたちが「自分らしいお産、したいお産」を考えたときに、それを自由に選べる環境があまりないと感じていたからでした。その代表的なものが、産む場所の選択です。日本では1%程度の人が自宅や助産所で出産をしていますが、オランダでは30%もの方が現在も自宅やバースセンター(いわゆる助産所)での出産を選択しています。英国では、その数は2%程度と日本に近いものの、自宅やバースセンターでのお産は選択の一つと考えられており、緊急時の搬送システムなど、後方支援体制も整っています。
今日は、イギリスにおける産む人が選べるお産とそれを支えるマタニティ・ケア・システムの現状について紹介させて頂きます。
イギリスでは、どこで出産するかどうかの選択権は女性にありますが、最初の段階として、妊娠の可能性がある女性は、まずGP(General
Practice/General Practitioner)に受診します。
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GPというのは、診療所のような公立の一次医療機関及びそこに所属する医師で、市民は必ずどこか近くのGPに登録をし、自分の担当を決めています。GPは1次医療と高次医療の振り分けをするような役割も担っていて、例えは、咳の症状で医療機関へ受診したければ、まずGPに受診し、簡単な処方をされるか、もしくは必要があれば高次医療機関へ紹介されるというシステムです。
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地域のバースセンターはこのGPに隣接をしており、そこで正常妊娠であると診断されると担当の助産師を紹介され、自分にあった出産場所やスタイルを相談し決定します。中核医療機関のマタニティホスピタルや大学病院にもバースセンターがあるので、初めからそちらでの出産を希望する人もいますが、スコットランドは土地が広大で雪深く、地方から中央の大学病院までの通院に1〜2時間かかることもあり、また、地域の助産師との継続的な関わりを好む方は住んでいる地域の独立型のバースセンターでの出産を希望します。
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この写真は、大学病院から1時間以上離れた所にある独立型のバースセンターです。向かって左側の建物がGPで右側がバースセンターです。ここでは帝王切開はもちろんのこと、無痛分娩や吸引・鉗子分娩も行えないこと、妊娠中から出産までの期間に17%程度が正常から逸脱し中核医療機関へ搬送されることを十分説明し納得した上で決定されています。
いざ搬送が必要となった時には、地域のバースセンターの担当助産師がマタニティホスピタルのコンサルタント病棟へ連絡し搬送となります。
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バースセンターに救急車待機所も隣接しているので、比較的すぐに救急車も駆けつけてくれるようです。万が一、所属する地域のコンサルタント病棟やNICUが万床の時は、別の地域の中核医療機関とコンサルトント病棟サイドで連絡をとって、必要とあればヘリコプターの手配をしてくれます。また、連携している中核医療機関との搬送基準があらかじめ決まっているので、助産師の判断に対して特に指摘されることも無く、正常を逸脱したら搬送をされるのが当然と、スムーズに受け入れされる様です。
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写真の女性は、調査研究のインタビューに答えてくれたバースセンターの助産師さんです。彼女が中を案内してくれたのですが、
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これが水中出産用のプールです。
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こちらは分娩室ですが、分娩台はありません。私たち日本人の場合は、畳の部屋でお産をすると落ち着く方が多いのでしょうが、西洋の方はこのようなベッドが自分の家に近い環境で安心しやすいみたいです。
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そして、英国人といえばガーデニングですが、これはバースセンターの裏の庭です。陣痛がまだそれ程強くないときには、お茶でもしながら家族とともに庭を眺めてお産が進むのを待つそうです。
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そして、お産が終わってからも時々センターを訪れて、デイリールームで助産師と話をしたり
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お母さん同士の交流会も行われているそうです。先ほどの助産師は、定年間近だったのですが、彼女が語ってくれました。「自分が妊娠中から関わってきた方の出産、産後、そして子育てに関わることができ、助産師と母親の深いつながりから地域全体のつながりを深めていくことができました」と。例え、病院で出産をした場合であっても、出産後問題が無ければ1〜2日で褥婦は自宅に戻って来るので、地域の担当助産師が再び継続してケアできます。これが、女性と助産師の両方の満足に繋がっているようです。
さて、ここで日本の現状について振り返ってみますと、今年の4月から医療法第19条が施行となり、来年の3月でその移行期間が終わります。それにより、開業助産師は嘱託医と嘱託医療期間を定めなければならなくなります。一見、安全性が高まったかに見えるこの法律により、全国の多くの開業助産所が嘱託医療機関や嘱託医を引き受けてもらえずに、業務を継続できない状況に陥っています。結果的に、自宅や助産所で産むという選択権も奪われてきているのです。
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本来ならば、産む場所を選ぶという女性の権利は当然保障されるべきですし、例えどこで出産しようとも安全性を担保するということは国の役割であるはずです。
イギリスでは、今年の4月から保健省が「出産場所の選択を保障するプロジェクト」を立ち上げています。自分の望む場所、望むスタイルでするお産は異常も少なく満足感も多いという研究にも裏づけされてのことだそうです。イギリスの動向を見守りつつ、私たちの日本にも、なんとか、産む人が選択できて、安全が保障された体制が確立されるようにしていきたいものです。
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