Keith Jarrett・Vienna Concert
Keith Jarrett
Vienna Concert
recorded at Vienna State Opera
(ECM,1992) ECM 1481
Vienna, Part I (41:53)
Vienna, Part II (26:03)
Keith Jarrett, piano
メタモルフォーゼ。
ケルン・コンサートは歌の連なりだった。歌から次の歌へと聴き手を魅了させ
たまま連れ出すこの散文的な美しい録音からおよそ15年後、1991年7月
13日、ウィーン国立歌劇場でのインプロヴィゼーションでは、あえて言うな
ら統一へと指向する音楽が、ひとつの巨大な形を成すこととなった。ひとつの
テーマに基づく即興には、87年のサントリー・ホールでのライヴがすでにあっ
たが、音楽の大きさの点で、現在までに残されている録音では頂点に立つと思
われる、このウィーン・コンサートである。
p a r t 1
前半、15分程続くバッハを思わせる歌から次第にオスティナートが
発生する。一瞬の断片が繰り返される度に成長していく。そのオス
ティナートごとに生起する異形の音塊が強力な積雲のように沸き起
こってはただちに消え去って、繰り返される。
29'50" でわずかな断片として初めて現われるモティーフが2分後、
より明瞭な形を取り再び鳴り、それはやがて壮大な歌となって、第
3のパートのテーマ(冒頭のテーマに近い形を持っている)として
の位置を得る。「混沌・フリー」という言葉を持ち出す誘惑に駆ら
れるのは特に中間部のペダルを控えた点描的で無調に近い響きの頃
だが、しかしそこにはあまりに秩序だった意志があり、徐々に形を
成していくそのプロセスを貫く強い線のようなものが確かに存在す
る。<歌−オスティナートと点描−歌>という三部構成は、まるで
あらかじめ書かれた音楽のような均整と、即興でのみ成しうる瞬発
的な音の凝集と響きの拡散(第3パートでの旋律は、なんと広々と
した空間に鳴り渡ることか)とが幅広いレンジを持ちながらも、信
じ難いほどの融合によって築かれている。
統一されながらも漸進的に変化を遂げていく音楽の連なりはM.C.
エッシャーの絵巻物風の作品を想起させもするが、緻密な構成(リ
アルタイムでなされる設計というものがある)が透かし見えながら
も自在さを持ち合わせているキース・ジャレットの即興演奏が、時
間芸術である音楽の浮動性に最も近いところにあることを示してい
るとは、改めて言うまでもないことかもしれない。
p a r t 2
このパートのテーマは一語で「カスケイド」だろうか。ハープのグ
リッサンド、あるいは水の流れのように「滑り落ちる」(cascading)
モティーフが左右のオスティナートの重なり合いをベースとして、
幾度となく繰り返される。
テーマによる全曲の統一ということ、それは微小な変形を伴う反復
によってであり、テーマとはスタンダード・ナンバーの演奏におけ
る意味ではなく、それ自体が音楽を持続させるために繰り返される
重要な動機という意味合いで、この演奏はミニマル的でさえある。
即興演奏では反復は避けられない。しかし、反復が単一の回路であ
ることにとどまらず、より大きな流れをもたらす可能性を持つ。別
の回路と融和しフレーズは引き伸ばされ展開し、その場で新たな連
なりが現われる。
そんなプロセスのうちにリズムは分解され、再び寄り集まり高まり
を見せ、やがて中断される。この生成と終息のサイクルは、以前の
ものとは決して同じではない形で並置される。パルスの組み合わせ
によって生じるゆらぎの隙間から現われては下降してゆくモティー
フは、ひとつのサイクルの終わりと次の始まりを告げながら、常に
変化を促す存在として、音楽の色を繰り返し塗りかえていく。
October 13 2000 shige@S.A.S.
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