・A s p e c t s ・ o f・ A m b i e n t・
■ アンビエントの諸相
現在アンビエントと呼ばれる音楽が持っているさまざまな要素を抽出して、そ
の響きの形からみた類型としてここに書き出しています。多くのディスクがそ
うであるように、アンビエント的ファクターのいくつか複数を組み合わせた音
楽として仕上がっているということが、アンビエントというものをほとんど常
にそれ「的」音楽という希薄な印象に終始させてしまう要因と思えます。
したがってここではアンビエント・ミュージックそれぞれが内包する音楽の構
成要素を少しでも純化した形で提示するために、アンビエントにかかわるキー
ワード、そのリスト的性格を持たせる試みをしています。
現時点でここに並べられたキーワードは決して体系的なものではないけれど、
このたぶん終わりのない新たなカテゴリの発見を通して、帰納法的にアンビエ
ントの諸相を見るという、これはつまりワーク・イン・プログレスであると言
えます。
それぞれのアンビエント・ファクターが濃厚に現われたディスクの紹介はこち
らの「・A m b i e n t・D i s k s・」で行っています。
■ 現在までに集められたキーワード ■
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■ 静寂・沈黙 -quietness and silence
■ パルス -pulse
■ ドローン -drone
■ ディレイ -delay
■ トレモロ -tremolo
■ 減衰 -decay
■ ノイズ -noise
■ 環境音・疑似環境 -environment
■ エレクトロニクス -electronic sound
■ ミニマリズム -minimalism
■ サンプリング/ループ -sampling and loop
■ 旋律 -melody
■ ビート/ビートレス -beat or beatless
■ 静寂・沈黙 -quietness and silence
静かな音楽一般をアンビエントと呼ぶことがあるのは、その音楽に
満たされた空間が柔らかくなる、そしてリスナーも心地よくなる、
という理由によるのではないだろうか。ところで、
「アンビエント・ミュージックは、音楽自体が緩やかなアンビエン
スを生み出す」とも言えそうだし、
「アンビエント・ミュージックは、リスナーの置かれた環境を尊重
したり異化するために、何らかの余白を持った音楽」
でもあるだろう。
静けさとサイレンスの持つ音楽的可能性、そして既存の空間の音環
境に色付けを与えるポテンシャルについて、考えることがまだまだ
たくさんある。
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■ パルス -pulse
減衰する水滴の響きという快楽
とは書いてみたものの、心拍というヒトにとってのエッセンシャル
な要素や<母なる水のイメージ>という話は、当り前なので割愛。
ぽつりぽつりと刻まれるパルスは、アンビエントの素材になりうる。
つまり、間欠的な<てんてん>による音楽は、余白と最も近いとこ
ろにある響きになるのだから。つまり、<間>である。生活音の中
にパルスを置くことで聴覚は規則性を期待するようになり、ついで
に本来ノイズであるはずの音楽外の音にまで、注意が拡張されるこ
とがある(またはそれしか聞えなくなる)。
時計の針音に耳を澄ます
炊飯器の炊けたサインが何回で鳴り止むか確かめるように聴く
遠くの工事の鎚音が鳴り止むと、あぁ、お昼だ、と思う
例えば、こんな経験。
人は、「繰り返し」を期待し、時には恐怖し、聴き入るのだろう。
パルスの繰り返しは陶酔と覚醒の両面性をそれ自体が持っている。
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■ ドローン -drone
ドローンとは低くうねる持続音。都市部での日常生活には必ずつき
まとう音だ。途切れることのないクルマの列が連続する振動となっ
て、いわゆる暗騒音になる。家電製品のモーター、風などの自然音
も、一種のドローンとなって、ある環境特有のサウンドスケープの
構成要素になる。
鳴り続ける低音が生活環境に必ずと言っていいほどに存在する現在、
人工的音源から発生するドローンは、もはや身近な音の現象になっ
てしまった。騒音は身体に悪いけれど、その身体の一部になってい
る。しかしこれは、そう<なった>のではなく、はじめからそうで
<あった>のであるはず。人間が誕生して以来、それぞれが生きて
きたそれぞれの環境の持つ風や波の途切れることのないドローンを、
そして人間自身も自分の血流のかすかな内面の響きを聴いてきたの
ではなかったか。
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■ ディレイ -delay
音楽制作でディレイというといくつかの手法があるけれど、一つの
例として同じ音源を左右のチャンネル間で少し時間をずらして同時
再生することから生まれる音のぶれによって聴覚上新たに発生する
響きのことをこう呼んでみたい。霧のように立ち昇る音のモアレは、
柔らかでつかみ取れないような響きだ。
音響学で言うエコーとはディレイによって生じる音の重なり合いが、
伝えるべき音の不明瞭さをもたらすために、ホールの設計や屋外の
公共放送などで避けなければならないものとされているというが、
(屋外での自治体による放送がこだましあって聞き取れないことに
いらだったりする、あの体験を想起されたい)
そういったにじんだ色彩にも似た、明確な形を失った響きのありか
たも、ある種の音楽では美的体験に転化されうる。それを積極的に
用いる音楽が存在する。
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■ トレモロ -tremolo
トレモロは音の線をにじませる。飛沫のように放出される響きの粒
は音楽に柔らかな輪郭を与え、拡がっていく。
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■ 減衰 -decay
ある音が鳴る(アタック)、そして減衰(ディケイ)するという自
然なプロセスだが、この減衰を人工的に緩やかにする(残響を長く
する)ことで音楽の響きに価値を与えようとするのが例えばピアノ
の響板であったり、コンサートホールであったりする。屋外でのす
ぐに音が拡散してしまう環境をデッド、それと対比される残響の長
い空間をライヴという。音楽作品としてのアンビエントでこの減衰
を主軸として位置付けることによって、リスナーに消え行く音を深
く聴くという能動的なアクションを促す効果を持たせることができ
る。日没間近の夕日が目に痛くないばかりにじっと見つめることに
も似た、失われつつある長い響きを聴く鋭敏な耳の状態。
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■ ノイズ -noise
ドローンの項でも触れた通りの、不可避のノイズ。電気・電子機器
から出る音や、交通・工場などからの音などさまざまで、残念なこ
とにこれらは既成事実として、生活の一部として存在しているとい
う現状ではある。
「ノイズ=騒音・うるさい」という図式の上に成り立つ攻撃性と暴
力性を持ったノイズ・ミュージックもひとつのジャンルをすでに確
立しているけれど*、しかし同じノイズでも静的なものだってある。
普段は忘れている冷蔵庫のモーター音のような、ひそやかな生活音
を素材とした、あるいは積極的にそれらと同調することを試みる音
楽をアンビエントの一つの形態として捉えたい。
*ノイズは必ずサディスティック、という訳ではないことは無論。
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■ 環境音・疑似環境 -environment
環境に存在する様々な自然音や人工音、あるいは現実の環境に存在
しない、新たに創作された音を組み合わせて疑似環境を作るもの。
<歌><楽曲>に較べてより抽象的でそれ自体の存在感の控えめな、
単なる「響き」としての音楽をアンビエントと呼ぶことが、現在最
も一般的な解釈とイメージのひとつではないかと思う。
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■ エレクトロニクス -electronic sound
これまで作られたアンビエント・ミュージックの特質の一つに音色
の抽象性があると思う。例えば自然環境音を取り入れたものをその
反対の具象性とするなら、既存のどんな音にも属さない、そう、
「このアルバムでしか鳴らない」独自の音世界を作ろうという挑戦。
鳥の声を使えば、確かに騒々しい街中であったりするリスナーのい
る「ここ」ではない場所へのイメージを付加できるかもしれない。
しかし「どこでもない場所」へと連れ出すことも、アンビエントに
できることの一つだ。
その最も身近な手段は、電子楽器だろう。シンセやエフェクタ、あ
るいはサンプラーが異化させた音によって、どれだけ既存の音響イ
メージを払拭するか、という試みとアンビエントとの深い関連。
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■ ミニマリズム -minimalism
音楽を構成する素材を切り詰めたミニマル・ミュージックの手法を
使った音楽。一般にはミニマルというと素材が少ないというだけで
なく、素材の繰り返しと変化が長時間続く音楽を指す。ミニマルを
アンビエント的に聴くことができるひとつの理由を要約すれば、ま
さにその音楽のうちに起こる出来事の少なさと繰り返しによる均質
で緩やかな変化ということになるだろう。
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■ サンプリング/ループ -sampling and loop
それ自体アンビエント的な素材をサンプリングしループさせること
は絶対条件ではない。どんな素材であっても、それを繰り返させる
ことによって「響きの統一」がなされ、あるアンビエンスつまり
「雰囲気」が生成される。素材によっては生じるアトモスフィアが
アンビエント的にはならないかもしれない。しかし固有の「場」と
いうものを設定するのに、繰り返しによって生まれる響きに期待す
る以上に効果的な手段が、他にあるだろうか。
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■ 旋律 -melody
これまでリストしてきたようなアンビエント的要素が複数組み合わ
されて成立する音楽は多い。まず背景となるアンビエンスを構成す
る響きを設定し、そこにピアノやヴォイスなどによるメロディを乗
せることで、その音楽は親しみやすく耳に心地よい「アンビエント」
になるだろう。使われる素材はオリジナル曲だけではなく、グレゴ
リオ聖歌やサティの『ジムノペディ』など、様々な既存の音楽を
「アンビエント化」することが試みられてきた。実際のところ、い
わゆるアンビエントにはやはり、こうして明確なメロディを補うこ
とでポピュラリティを指向するディスクが多いように思う。かつて
のニューエイジ・ミュージックのように、心地よく聴きやすい音楽
になる。旋律の美しさと柔らかなアンビエンスのコラボレイション
である。
ところで、こうしたメロディ(つまり音楽としての一般性)の有無
は、音楽の価値の問題とは関係がない。重要なことは、いまこうし
た音楽が非常に多いという、その単純な事実そのものである。なぜ
いまアンビエントという音楽の形態が、これほどまでに一般化した
のか、という問いを発することに、意味があるはずだ。
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■ ビート/ビートレス -beat or beatless
これは現在の大きな、不可避のムーヴメント。
アンビエントと旋律の関係と同じかそれ以上に、ビートを伴うアン
ビエント・サウンドは拡張を続けている。
テクノとその周辺がこれほど<アンビエント>を必須のファクター
としている現在、明確なビートを伴うアンビエントが重要な領域を
形成している。ビートか、ビートレスかという区分は、ある意味で
最も大きなカテゴリの分岐点になっているのではないだろうか。
こうした流れとしてビート系アンビエントの良質なアルバムが数多
くリリースされているだけに、それらとは対比される一聴してビー
トレスに思えるこれまでの多くのアンビエント・ディスクがひっそ
りと持っていた内在するリズムのサイクルを聴き取ることがますま
す面白くなってくる。ビート/パルスが明瞭な、現在の主流をなす
アンビエントを多く聴き続けることで再び見えてくる、それ以前の
アンビエントが持っていた本質に気付くということ。そのことから、
現在はアンビエント再聴取のチャンスであると言える。
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