□electronic
Ira J. Mowitz
"A La Memoire d'un Ami"
New Albion NA047CD
どこでもない場所を現出させること。
シンセサイザーには既存の音を模倣することと同時に、聴いたこと
のない新たな音を作るというもうひとつの役割があって、それらは
互いに楽器の進化に影響を与えてきた。サンプリンングの技術が行
き着くところ、「合成」(synthesize)を意味するこの楽器の後者の
可能性が広がってきた。限りなくオリジナルの音色へ近づくという
この楽器の発展は、どんな音の模倣からも逃れるという進化を内包
していたということだ。
それはもう、究極的にはシンセの音でさえ、なくなると言えるかも
しれない。
アンビエント・ミュージックを、あらゆる既存の音楽イメージとは
別のものとして響かせたいなら、その音素材として理想となる音の
ひとつ、「どんな音でもない音」を、シンセに求めることになるの
は当然のプロセスなのかもしれない。シンセは、アンビエント自体
が求める楽器である、と。
このアルバムで、そういう音が聴ける。例えば、"shimmering"。
ちらちら光る、というタイトル通りの微光を発する雲の流れを見る
ような、暗く、それでいて時にまばゆい音楽だ。この曲にはSEに
全く頼らないことではじめて得られるパーフェクトな抽象性がある。
音色についてこれ以上の描写を放棄したくなる、直接的な感覚へと
訴えかける響き。強いて言葉を探すなら、これは金属のふれあう音
ではなく、金属の光沢を音化したものと言えるだろうか。
ある環境をイメージさせる音を素材にして、リスナーの意識を疑似
的にその場所へと移動させるという、アンビエントのひとつの行き
先の、これは変奏である。現実に近いが現実ではない空間もあれば、
どこでもない場所もまた、言うまでもなくリアリティを持たない空
間である。そこへリスナーを連れていくということ。
これもアンビエント。
このディスクを聴くと、湖でも平原でも砂漠でもないどこか、行っ
たことのない空間を見ることになるだろう。
1999-2000 shige@S.A.S.
・h o m e・
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