旧サマルカンド

旅の27日目 9/21
サマルカンド郊外
紀元前4世紀、アレクサンダー大王がここまで来た事が
『サマルカンド』が歴史文献に登場する最初だという。

1220年にチンギス・ハーンの軍勢によって、
住民の四分の三が殺され、街も徹底的に破壊された。

ここ『アフラシャブの丘』がかつてのサマルカンドの場所である。


発掘された壁画(『絵葉書』より引用)
旧サマルカンドを支配していたソグド人の屋敷に描かれていたもの。

玄奘が訪れたのも、この旧サマルカンドだった。

ここから南下してパミール高原を越え、
アフガニスタンからインドへと向かう隊商路があったのだろう。

西安からサマルカンドまでの走行距離:7289km


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