最果ての地

旅の11日目 9/5
敦煌(トンコウ)郊外
敦煌から西北へ75キロ。
漢代の国境である、玉門関(ぎょくもんかん)に向かった。

荒野にポツンと一つ、烽火台の遺構が残っていた。

上に登って周囲を見渡したが、
やっぱり何も見えない、ただただ地平線まで荒野である。

「天竺行き」を決意した玄奘(げんじょう)は、旅行許可がおりなかった為、
国禁を犯して密出国のかたちで西域へと向かった。

たった一人で、しかも水の入った大事な革袋を落としてしまった彼は、
どんな気持ちでこの荒野を渡って行ったのだろう。

ここから西は、新彊(しんきょう)ウイグル自治区となる。
人種はトルコ系のウイグル族、宗教はイスラム教、
言葉と文字も『漢字文明圏』ではなくなる。
 

気温の高くなる午後、
まるで海のように広がっている巨大な『逃げ水』を見た。

敦煌(トンコウ)までの走行距離:2701km


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